中学校時代 ~父親の死 >>高校時代
 


●学習院中等科に入学

●中等科1年のとき、父 田宮二郎さんは、猟銃で自殺した。
 そのとき、自分がもう5歳年上だったら、父親の相談にもなれたのにと、今思うと残念だという。
 それは12月終業式を終えて学習院大学のスキーツアーに出発する予定だった。家に帰り、あまり良くなかった通信簿を見せると、意外にも父親は落胆せずに「スキー靴を買ってあげよう」と言ってスキー用品店に連れて行ってくれた。その後、レストランで家族そろって夕食をとり、それが父との最後の食事になったという。
 食事後、家族に見送られてスキーツアーに出かけた。そしてツアー中の12月28日、父、田宮二郎さんは自殺した。

●長野のスキー場にいた本人は、「すぐ帰れ」とだけ書かれた電報が届いたそうで、帰宅後初めてそのことを知り一晩中泣いたという。それ以来スキーは10年間行かなかった。その後意識的に父親の記憶を消そうとした時期があった。ところが記憶を消そうとすればするほど逆に大きくなり、年と共にその傾向は強まった。俳優を目指したときも、父親のことが割り切れずうまくいかなかった。父親の死後、「子供を育て上げることが田宮二郎の遺志であり、自分の喜びでもある」と母親が一人で二人の息子を育て上げた。



田宮二郎さんは仕事熱心、そして家庭を大切にする人。まだ幼かったころの田宮さんはそれほど仕事は忙しくなかったが、徐々に増え始めた。
 仕事が忙しくなりロケなどで家を空けることも多くなった。どんなに忙しくても毎日必ず電話をしていた。その電話はまず母親が出て、次に本人、弟と決まっていた。ところが、海外だったらそうはいかない。そこで田宮さんは電話代わりに毎日絵はがきを送ってくれた。それも家族皆に一通ずつ。さらに皆違う絵はがき。本人が今思うに「睡眠時間を削っていたのでしょう。」
 細やかな愛情をそそがれて育った。

●あとになって聞いた話で結婚当初は「子供はあまり好きじゃないからいらない」と母親に言っていたらしのだが、実際本人が生まれたその日、近所中の花屋を回り、あるだけのバラを全部買ってきて、母親の病室を埋めたという。

●時々父親の出ていた映画を観る。なかでも「悪名」を観るたびに「清次を演じる父は水を得た魚のように活きがよく、何回観ても演技ではなく本人そのものだ」と思うという。
 
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