オフコメ 2003. 3
3月30日 (日)  

ジカダンパンの件ではいろいろ書き込みを頂きありがとうございました。
ひとつひとつにレスつけるのはやめます。
みなさんに知って欲しかっただけなので。

また更新が遅れてしまいました。
次から次へと問題が起きます。
今度は店についてです。

この件はもしかしたら裁判になるので
詳細は書きません。
ただ、利益を焦った人たちが現場無視で動き回ってる。
その結果、ようやく気持のいい季節を迎えたというのに
現場の人の心を暗くさせるようなことになっています。
ま、動じないけどねこっちは。
まぁ詐欺に遭いまして(苦笑)
なかなか多難な年を迎えています(笑)

亜美はハイハイうまくなりました。
僕や妻の姿が見えなくなると泣きながら追いかけてきます。
次は食事をうまく取らせたいのですが、
なかなか手づかみをやめませんねぇ(汗)
手で掴んだものはどんどん後ろに投げるし。
成長過程の1つだとは思うんですが
何かいい手はないでしょうか。


3月25日 (火)  ジカダンパン降板

今日はちょっと悲しいお知らせがあります。
いきなりですが、「ジカダンパン」のスタッフから外されました。
いきなりです、いきなり。

先日オフコメにも書きましたが僕は新しいタイトルの意味する「新」の部分を
聞かされておらず、製作会社の人間からは「多少手直しがある」とは聞いてましたが
それが僕をはじめ他のリポーターやテリーさんといった番組の中核をなしていた出役すべての
首切りとは思ってもいませんでした。

その事実が分かったのが3・18。
レポーターとして現場にいるのが何よりも好きな僕は
他局からの仕事のオファーを断り、4月に向けて衣装を揃えた後のことで
こんな新番組の記者発表すら行われる時期になってから解雇と言われても
まったく腹立たしいの一言です。

腹立たしい点は他にもあります。
僕はまだいいです、下っ端でしょうから
複数いるレポーターの1人ですもんね。
テリーさんにも言ってなかったんですよ!?
実は告知を受けたその日、いつものようにフジテレビに出前をしたんですが
たまたまテリーさんに玄関でお会いしまして
テリーさんのほうから「あのさぁ、ジカダンパン、どうなってる?」って聞かれました。

「ぇ。。テリーさん、知れないんすか。」
「いや、2週間前にスタジオ収録なくなりましたって連絡来てから梨のツブテだよ」

僕は局のスタッフから聞いた話と製作会社のスタッフから聞いた話を合わせて情報を伝えましたが
テリーさんも失礼な話だよなと言ってました。

僕も本当にそう思います。


結局数字が取れなかったんですよね。
その責任を出役がかぶることになったという
この業界ではよくあることです。

ただ、はっきり言いますが、この失敗は局の責任です。
局の中途半端な正義感と報道的主題に対する仕事の甘さ及び腰の据わらない取材姿勢
とかつての冷戦時を髣髴させる『悪(行政)対 正義(市民)』という番組のご都合主義
から生まれる矛盾の結果だったように思います。

いろいろなことがありました。
例えば、広島県の大黒髪島にいのししが現れ農村を荒らしているという問題。
放送ではスタジオに責任者が出てくださいまして、ジカダンパンする運びとなったのですが
実は現地で僕がすべて解決済みです。スタジオに出なくても完パケ(起承転結をVTRですべて見せるやり方)
でいいねとスタッフと話していたんです。ところが局がスタジオやりたいと。しかも
ジカダンパンはみのさんにやってもらわないといけないから問題は解決していないことにしてくれ、と。

無理です。。
実際、「やる」と公言してくれていた責任者はスタジオでぶんぶくれ(当たり前)
その部分は放送では一切カットでした。


また愛知県豊田市で早朝から行われる迷惑町内放送の回では
責任者にどうしても出演してもらわなければ番組が成り立たないということで
交渉人の僕はおよそ7時間市役所に詰めて説得を行いました。
晴れて出ていただけることになったのですが
スタジオ収録の際にいきなり「まだ市役所に行っていないことにしてくれ。
どういう解決策があるかパネラーと討論をしてその結果を持って現地に再度飛んでくれ」
と言われ、仕方がなく従いました。
放送では僕が市役所に突っ込んでました。
しかも後の取材は僕抜きで行われていました。

ホームレスによって空き缶の抜き取りが行われているという回では
当初行政側は取材を一切拒否。関連した会社にも行政からのお達しが出ていて
取材拒否。当然ホームレスの側から取材をかけていくしかないわけです。
最後の最後で僕が逆転打を放つことができ、行政サイドの声を取ることに成功したのですが
局側は「ホームレス寄りの取材だ」とバッサリ。
ホームレス擁護に問題があるのか、テーマを「空き缶の抜き取り」から「資源ごみの抜き取り」に
スタジオ収録では変更。仕方がなくホームレスの話を織り交ぜながら僕は僕の取材感を
話したわけですが、放送を見てみるとテーマは再度「ホームレスの空き缶抜き取り問題」に
置き換えられ、彼らを害虫のように扱っている。


製作会社は取材をし、局の判断でVTRの手直しをします。
しかし最終判断は局預かりとなり、スタジオ部分の編集は100%局責任。
VTRも局が変更して放送します。

だから手出しができないわけです、スタッフとしても出役としても。
現場は今あるものを取材し放送したいのだが
局としてはそれをねじ曲げ、報道を報道バラエティーにしてしまう訳です。

行政の取材拒否。
これは非常にうまみのある言葉です。
番組ではこの言葉を取りたいと言っても過言ではありません。
で一端この言葉を取ってから責任者に出てもらえたら
こんなうまいことはないのです。

東京都の環境局がいつも取材拒否でした。
それはジカダンパンの責任です。
1回目の「人見街道に大型車があふれ歩道が脅かされている」という問題の時
「行政は何もしていない」と言った方がインパクトが強いということで
実際は多少しているにも関わらずそう放送し、建設局からブラックリスト入り
させられました。ありえないっす、こんな取材及び放送のあり方。


ということで色々なことがありました、この番組は。

僕には嘘がうまくつけません。
だからスタジオで何も喋らないの?と聞かれることも多々ありましたが
テーマが変わりスタンスも変えられたものについて喋ると
嘘を伝えることになります。
だから僕は「あえて」喋りませんでした。

どう皆さんに報告しようか1週間迷い、HPの更新が遅れてしまいました。
とりあえずあったことをそのまま書いてみることにしました。


3月18日 (火)  ただいまぁ(笑)

長く空けていた我が家に戻ってきたような心境です。
ただいま帰りました(笑)

いろいろございましてネットできる心の余裕がありませんでした。
1つは店のことでして、今までは僕の弟が経営をやり僕はフロアーやら
営業を担当してたんですが、人事の異動で僕が店の収支「も」担当することとなり
今までの仕入れであるとか交渉事にすべて目を通さなければいけなくなったのです。
文科系の僕に金勘定は正直重いのですが、やらなければいけないの(苦笑)

もう1つは確定申告です。。こっちのほうは去年の6月以前の領収書が
引越しを挟んですべて「紛失」と、顔面蒼白になるような有様で
母親が毎年担当していた部分なのですがそれが裏目に出ました。。
僕のが少しあって、また光熱費その他は電話かけまくって
1年分の経費、自力で出金伝票おこして、知り合いの会計士の方に分からないことを
聞きまくって(苦笑)、最終的にはその方のお陰でなんとか形を作って
提出することが出来ました。

こんなことを2週間やっておりました。

その期間中に亜美は確実に成長したように思います。
つかまり立ちもお座りもハイハイも格段にうまくなりました。
食べ物で釣った結果なんだけどね
うまくいったさ、シメシメ(笑)

「ジカダンパン」の放送あったんですね。
知らなかった(苦笑)
マネージャーにビデオ借りて見ましたが
4月から「新」ジカダンパンになるの??
出役、ひっとことも聞いてませんが。。

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ここをお休みしている間にやった公人としての仕事は
佐川急便の社員表彰式&懇親会の司会っす。
1,000人規模でした。

なにやら前年までは女性2人の司会だったようなのですが
男っぽい職場には男ならでわの司会の役割があるだろうと
制作会社がプレゼンし、それが通って僕に話が来たようなのです。
事前に去年の表彰式のVTRが渡されてまして見たんですが
まったく司会者にカメラは寄らない(笑)・司会部分はほぼ
全部カット(死)という代物でして
何をやればいいのか、何をしてほしいのかまったく分からない状態で
臨みました。前日の打ち合わせで僕に対するそこらへんのリクエストを
尋ねてみると「体育会系のノリをやめて僕なりの暖かさで会を盛り立てて欲しい」と。

おげおげ。 がんばります。


がんばりました。。でも無理でした(涙)
なんかねぇ。。中に入れてくれないんだよね雰囲気が。
時間は1時間半と限られてるし、表彰される人が300人くらい
いるものだからどんどん回さなければいけないし
登壇する社員たちもキレのいい口回しで紹介されるほうが
登壇しやすいんだな(笑)
結局腹くくって「○○店 佐川太郎さん!」  「ハイィ!!!!」
みたいなモロ体育会にしてしまいました(ゴメ)
うまく言えないけれど何か威圧感を与える会社という印象が一番残ったような気がします。。
疲れました(呆)

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昨日は初めての結婚記念日でした。
1年というスパンは長かったような短かったような。
いろいろなことがありました、覚えてませんが(笑)
精神的には少し年取ったような気がします。
もちろん成長したという意味も含めてですが。

お互いガムシャラにやった1年だと思います。
趣味を捨て自分を出来る限り捨て互いのことをまず念頭に
体を動かし続けた1年だったと思います。
僕は年齢的にも経験してきたことが多いから諦められることは容易いです
趣味にしても友人との付き合いにしても。
でも妻はまだ26歳で外に出たい・遊びたい年齢ですよね。
よくそこを割り切って家と子供に気持ちを注いでくれたと思います。

当日妻には何も出来ませんでしたが
3人で昼間食事に行きました。
妻はそれすら期待してなかったようです。
僕がここのところ多忙で睡眠時間すら取れていなかったことを
知っていたから。
だから、それだけで非常に喜んでくれました。

ビールで乾杯し、もう1年夫婦の契約続行していいか
互いに確かめ合いまして、合意に達しました。

結構しっかりした四川料理のレストランに行ったのですが
亜美が生まれてからそうした場所に夫婦で行くのは初めてだったので
家族サービスをしているつもりでも十分ではないなぁと思いました。
外に連れ出さなきゃね、やっぱ。

これからもよろしく(笑)


3月14日 (金)  


  もうすぐ戻ります。。

  あと3日の辛抱。。

  待っててね(苦笑)>all


3月7日 (金)  無題 (原文日付無し)


  店と確定申告に追われているので
  
  ちょっとお休みさせて下さい。。。(激汗&顔青白)


3月1日 (土)  

今日は帝国ホテルで教え子の結婚式がありました。
教え子の結婚式に招かれるのは初めての経験でして
しかも当時かなり親しい兄弟のような間柄の彼から
乾杯の音頭を取ってくれと一ヶ月前に打診があり
それからというもの毎晩眠れなくて眠れなくて。。。(苦笑)

これが友人代表だったり司会というなら楽なんです。
乾杯って長く喋れないでしょ?
前は生徒だったけど今では大切な友人ですからその彼は。
しかも僕がかなりとんがっていた時期を知ってるから
お茶濁すようなことで済ませるのは僕も嫌だったんです。

新郎新婦入場してきまして、あまりにかっこよかったので
思わず気持ちが揺れまして、それがスピーチに出てしまいました。
つまり涙ぐんでしまったわけです(苦笑)
思いが強すぎると言葉が出てきませんよね。
でも本業の場数が物言って(笑)なんとか無事済ませられました。
よかったよかった(微笑)

また生徒にいい経験を積ませてもらいました。


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